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とりあえずジュネーブをうろうろしてます。
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10月に来て以来のスイス、春はまだ遠いと思っていたのにやはり来るべきものは来る。生きていれば、必ず未来は将来となりやがて現実となる。



このところの暴風雨は真冬ではない証拠かもしれぬ。本当のスイスの冬を知らぬままに過ごしてしまったのは温暖化ゆえか、忙しさゆえか。季節も時間も経つのが速い。それだけいろいろなことがあり過ぎたのかもしれない。

商業イヴェントというのも毎年予定され、スイス中の至るところで開催される。ジュネーブの春は世界のモーターショーから始まると言われる。



今年は3月6日から16日まで。拙もこの春祭りに参加して来た。日本なら晴海のモータショーに匹敵するか、それ以上の高級車が並ぶと言われる。たぶんもう一度脚を運ばなくてはならないので、本日は触りまで。

この日は各車の燃費とCO2排出量ばかりを見ていた。



それにしても資料がフランス語ばかりなのには参った。

来月はバーゼルだけど、プレスパスは届きそうもない。



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12日でジュネーブ到着からちょうど3ヶ月だった。長かったような、それでいてまだ何も学んでいないような、そんな気分。空は青い。でも、なんか空しい。

 

田中角栄は国交回復の祝辞として漢詩を書いたと記憶している。そこには「北京空晴秋気深」という文があった。これが新聞報道されたとき、学生時代の漢文教授は唖然としたそうだ。「晴れて空しい?」とはどういうことか。中国にケンカ売ってんのか、と新聞社に投稿したが、採用されなかったそうだ。どうやら漢詩の教養は国交に影響しなかったらしい。でも、後日角栄の漢詩は中国人民に広く知れ渡ることになった。中国から来た留学生に半マジで言われたことがある。「どんなに誠実であっても、気持ちを通じさせるにはこういう致命的な間違いはいけない」

 

拙フランス語の場合は教養とまではいかぬレベル。やはり言語による情報の収集力は大きい。このまま没フランスコミュニケーションのまま行くのかどうかは疑問。

 

英語だって、特に勉強したわけではない。大学受験以降、ちゃんとした学習などしてないが、いつしかコレスポンデンスなどは英人に喜ばれるようになっていた。以下、日本企業に長年勤める英人の言葉。

 

「コンサルでも商社でも、日本人からの依頼文は前置きが長すぎて、何を言っているか判らなくなる。焦点が不明瞭なんで、読むのが疲れるから、つい後回しにしちゃう。やっぱ学校の勉強や検定の点数だけじゃ測れないものがある」

 

日本人の英語文章力、表現力は絶賛されているのだが、その一方で内容が伴わないということを意味している。インドの法高官たちとコレポンを交わしたときは、彼らの使うヴィクトリアン・イングリッシュに辟易したことがある。拙は明治時代の日英外交書簡をいくつも読んでいるので、どういうものか知っていた。それらはやたら長い文章の中に要点は2行しかなかったりする。

 

日本人の書く英文コレポンにはそういうものが多いと言われる。どういうヒトがそういうものを書くのか、と日本の広告会社に長く勤める英人に聞いたことがある。

 

「彼らは日本で英語を学び、凄く優秀な成績で卒業している。だけど、外国で暮らしたことがないから辞書にない英語が判らない。また、上司や本から英作文の作法を習って、その通りに今でもやろうとする。だから、日本人の英文コレポンにはヴィクトリア時代が続いているのさ」

 

電話でコミュニケがうまく取れなかった頃など、テレックス、ファックスなどで補足事項を埋めて送信していたのは20年前の商社時代。拙の現職のイニシャル・アクセスも大概は英文コレポンから始まるが、今では文章と言葉とではコミュニケの目的が違う。言葉は文章よりも通じ合うものがあるから便利。文章は情報の確認に使う。言葉は魂で、文章は肉体という喩えは…正しくないような気がする。まあ、でも判ってよ。

 

英語ではなんとかなっても、取材先がフランス語だけだとお手上げ。最近出会ったドイツ人やドイツ語圏のスイス人の話では、「英語が話せるのはドイツ圏だけですよ。ベルンやチューリヒでは英語だけで十分」とのこと。そうかなあ、先日、駅でスイス・ジャーマンで通されて、結局何も判らなかったけどなあ。

  

 

 

連日の病院通い。と言っても大して病んでいるわけではない。日本や英国とは少し手続きが異なるだけ。おまけに健康保険のステイタスによっては、いくつかの面倒な作業もある。

 

今日は歯医者とアポを取った。電話でなく、わざわざ受付まで行ったのは、あらかじめどんなところか見ておきたかったから。いきなり、英語でいい感じ。

 

 

 

まずは、年始のご挨拶。
何はともあれ「明けまして雨で立つ吾スイス在」でございます。
暖冬なんでしょうねぇ。

 

実は、表題のごとくゲイパーテー以来、家族全員が順番にくたばっていました。39度の高熱では30日のお招きにも伺えず、微熱が残り関節各部と異常な筋肉痛では31日のジュネーブ市内のカウントダウンにも参加出来ず、酩酊状態以上に頭も錯乱気味でした。え、いつもだって?持ち味でもある分裂気味なのは認めますが、錯乱ほどではないでしょう、と一人突っ込み。

 

元旦の朝と言えば、新聞配達でありました。永世中立の最近は毎日新聞の方々に支えられておりますが、ノンポリだった小学生の頃は朝日新聞を配達していました。過去のブログ「英国と暮らーす」にも述べて参りましたが、拙の元旦の最大の思い出と言えば、亡父の家計を支えるために小学1年生から兄と一緒に新聞配達。幼き身にはちょと辛かった。

 

「元旦はいつもよりゆっくりでいいよ」と専売所のオジサンの言葉が優しく聞こえて嬉しく思えたのは、朝方の新聞の量を見るまでのこと。専売所から送られて来た「元日特別版」新聞の束は1部の厚さが3cm以上。通常30部は抱えられる7歳の子供の腕には10部が限界。「これじゃ、ゆっくり配っても昼になっちゃうよ」と半べその拙。「しょうがねえじゃん」と半ギレの兄。全部配り終えたのは9時ごろだったでしょうかねえ、兄上。アカギレが治らず冬中手の甲から血を流していたことがもはや懐かしくもあり。

 

あの頃から想像すると、今こうして異人の妻と半異人のわが子らと、スイスで年越しするのが不思議でなりません。これはもしかして、幻想? 

半魚人と年越しするのだったら幻想だろうけど、半異人とであれば、これは
幻想ではありませぬ。さきほど義姉から贈ってもらった茶蕎麦を年越しに使わせて頂きました。2日ぶりの食事は腹わたと心に沁みるようです。特にダシの香りはコンフォートを与えてくれます。8時間の時差のある異国の地で、やはり和食は身に、心にやさしいですね。兄家族の配慮に感謝であります。

 

「新年早々スイスで病明け」 お粗末。

 

 bonne annee!

今年もフランス語は好きになれないだろう。

ところで、

今、年が明けたところですが、近所で花火が上がったので、外を見てみると周辺の家のダイニングや居間では、スイス人の皆さんはディナーを始めています。こんな時間に食べて胃がもたれないのだろうか。麺類ならまだ判るが、どう見てもローストものを食べている。これがスイス式なのだろうか? 待て、次号。いや、たぶんしばらく。



この暗さは物理的な暗さである。

ヒトが居ないのだから、クリスマスの飾りもほとんどなく、

冷えた家が並んでいる。

昨日述べたように、近所のスイス人は海外旅行に行ってしまったのだ。

スキーや温泉を求めてジュネーブからスイスに入る人々も少なくないのだが、

国外に出るヒトはもっと多いのだろう。

しかし、空港は意外にごった返していない。

いつも閑散としている。

昨年の今頃、スキーに来た英国の王室一家はジュネーブ空港のカフェで長い時間を過ごしたそうだ。

雪で迎車が遅れたので、2,3時間カフェで茶をすすっていたそうだが、その間誰も彼らが王室だとは気づかなかったそうだ。もちろん、遠巻きにした警護もついているけれど、一般人が近寄れないわけではない。この話はたまたま空港に居た知人から聞いた話だ。知人は仕事柄王室のメンバーと面識があったので、挨拶を交わしたとのこと。ロンドンもそうだが、ジュネーブも自由な街。セレブがスイスに住みたくなる理由もわかる。教育は英国、老後はスイスみたいな。でも、日本のセレブはフランス語はおろか、英語できないヒトが多いからやっぱ移住は難しいんだろうな。スイスで暮らせるほど儲けているかどうかも疑問だしね。老後の永住査証には日本円なら10桁以上の数字の並ぶ通帳が必要だとか?これはちとウソくさいが、まんざらウソでもない。

空港の話に戻ると、

ジュネーブは長距離便が少ないので、ロンドンやベルリンなどどこかのハブ空港にトランジットしたり、パリまで車で行ってしまう家族も居る。彼らの行き先は大概が南の島。スキーの嫌いなスイス人とは、キムチの嫌いな韓国人、味噌汁の嫌いな日本人と同じような印象を受ける。しかし、そういうヒトたちは意外に多いと思う。たこ焼きの嫌いな大阪人に会ったときは嬉しかったが、彼の周囲では珍しくないとのことだった。拙も粉モンは少しでいい。 あ、また脱線。

クリスマス前になって突然近所のスイス人が愛想よくなったのだが、それはこの海外脱出と関係がある。

拙宅はわざわざ子供たちを英国から呼び寄せて、任テンドー・Wiiを購入したり、娘に受験勉強をさせたり、適度な散歩をしてこのクリスマスを過ごしている。お招きも多い。息子の怪我が完治してないから、スキーどころではないのだ。行くのなら、ジュネーブから日帰りも出来ると近所の連中が勧めていたのだが、それには理由があった。

「2週間、カリブに行くのだけど、この子の預かり手がいなくて・・・」

先日、人様の子供を6時間預かったことを覚えておられるだろうか。両親から礼の言葉は貰ったものの、いまだに謝礼さえ貰っていない。おそらく、彼らには自宅で仕事をしている拙がよほど暇に見えるのだろう。これだから、時間通りにしか働かない人々やフリーランスという仕事を理解しない輩には困る。拙はお陰でその6時間を取り戻すためにその夜は徹夜し、2日間の睡眠時間は4時間だった。拙がどうであれ、こちらが請求しない限り、彼らにはみかん一個はおろか、拙に何も支払う気がないらしい。そういうのは非常識というものだ。娘の安全を守ってもらって、有難うという気持ちを「深く」しないのだろうか。まったくもって、理解不能。因みにこの家族はスイス系ではない。

で、今度は旅行に行くからと、猫だの、犬だのと言ってくるのがスイス人だ。犬猫なら前もってペットホテルに依頼するので、土壇場になってその費用を節約したくなったなどと平気で言うところがスイス人の凄さ。じゃあ、こちらにその分の見返りが来るの?と言っても良いのだろうか。こやつらのエゴイズムは無限だ。

一番最初に頼まれたのは、ギニーピッグだった。

え、どんな豚か?って。

豚ではなくて、こんなねずみです。完全草食性で、神経質で、なかなか慣れなくて、表情の乏しいマヌケ。日本ではモルモットというですか?以前、航空社に居た頃の話。英国側からのキャビンバゲッジに「ギニー・ピッグ」を持ち込みたいという依頼があった。日本側の本社予約コントロールでは英国の英語が判らないので、「どんな豚だ」と大騒ぎになり、ロンドンに居た拙に質問が来たことがある。



こいつらが2匹も家内に居る以上、他に犬猫などの面倒を看られる筈が無い。と、丁重にお断りし、来年の冬は絶対にグレートケイマン島に行くと心の誓いを述べると、近所のスイス人たちは残念そうに帰った。でも、可愛かったなあ、あのジャックラッセル。

来年から毎年グレートケイマン行くぞ、絶対。スキーなどやるものか。やるならダイビングだ。拙は海の男だ。潜って、ウニ採るぞ、食うぞ。


因みに、モルモットたちの食事代はけっこう掛かる。実費請求できるかな。面倒看るのは、けっこう楽しいけど、別れが寂しいかな。




25日は予定通りレマン湖北に住む縁戚の家でクリスマスデナー。

英国本来のクリスマスであれば、


朝9時ごろにディナー会場となる親類の家に集合。その家のクリスマスツリーの下に貰ったプレゼントのすべてを置く。この時点でプレゼントは開封されていない。
朝10時、近くの教会でミサ、
11時までに解散、
帰宅してディナーの準備、
13時ごろクリスマスディナー、
スターターは海老もの多し、
メインはロースト多し、
デザートは2~3種類、
満腹になったところでプレゼント交換。プレゼントにはすべて宛名がついている。配るのは最年少の仕事。

スイスも似たようなもののようだ。

しかし、今回教会の行程は省かれた。ここが一番大事なんじゃないの、と問うと、皆「えへへ」と苦笑ぎみ。日曜学校で子供たちにキリストの教えを説く妻の両親もそれは仕方ないことだと言う。英国でもスイスでも神様は瀕死の状態だ。なぜなら、人間あっての神であり、人間なくしては神は存在しないというのが持論。信仰するものが絶えれば、その神も死ぬことは文化人類学や歴史の中でいくらでも事例がある。例えば、民族の滅亡は彼らの宗教や文化の終焉を意味するでしょ。イースター島を例にすれば判り易いかな。

我ら家族もフランス語では意味不明の牧師のpreachを聞くつもりはない。ということと、ジュネーブ市内の英国系教会に行ってたら、招いてくれた妻叔父夫婦に迷惑がかかるということで、ミサをスキップしてしまった。

拙は拙で、この機会を毎年楽しみにしている。牧師と語ることが出来るし、社会の傾向性を掴むことも出来るからだ。若くても、インテリでも信心深いヒトたちはたくさん居る。しかし、そんな彼らも友人たちを教会に導こうとか、得度しようとはしない。今、神の領域に触れることの出来る人たちは自ら考えることの出来る才人たちであるような気もしている今日この頃。

ともあれ、今年は教会に行くのを諦め、妻叔父のGF宅に向かう。妻叔父Tは60歳で2人目の妻と4人目の子供をこさえた猛者、いや色男。彼の3人の息子は26歳B、24歳D、22歳Jで皆イケ面で、好人格者たち。拙は10年ぶりの再会。Jはバーミンガム出身の元気なGFを随伴。TのGFであるKはスイス人。拙よりもだいぶ若い。やっぱ、Tは色男か。Kはフランス語、ドイツ語、英語、フラマン語を話し、ある専門職で博士号を持つ才女。その母上も見えていて、スウェーデン語、ギリシア語、スペイン語まで話すだけでなく、高名な彫刻家。拙妻は日本語、ドイツ語、フランス語、もちろん英語の4カ国語。Kの叔父叔母も参加し、彼らは英語とフランス語が少し話せるスイスジャーマン。ディナーの会話は日、英、仏、独の4カ国語が入り乱れる。

かつて、タモリの四ヶ国語マージャンというネタがあった。端からみれば、我々の集いはあんな風に見えるのだろうか。でも、あのネタのように「チョンボ」という一言でケンカが始まるわけではない。我々の集いではお互いのコミュニケに助け舟を出し合うという構図だった。あんなネタを30年以上前に思いついたタモリは天才に違いないが、実際に「私的な」クリスマスで四ヶ国語コミュニケを経験してみるとは思いも寄らなかった。

帰宅したのは午後10時ごろ。しかし、どうも周囲が暗い。そういえば、「明日から南の島だ」という隣人が多かった。そう、スイス人のもうひとつのクリスマススタイルは、住居はスイスだけど、年に10回以上3週間程度の海外旅行をするというもの。スイス人はスイスに在らず。

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