とりあえずジュネーブをうろうろしてます。
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「まだ来ない」と「まさに来る」とではどのように異なるのだろうか。
前者を漢字にすると「未来」になる。
後者は「将来」である。
どちらが先の未来だろうか。
「将に来る」のであれば、「未だ来ず」よりも手前の未来と言える。
過去→現在→将来→未来
はて?未来の次はなんだろう?
勝負事で緊張するのは、人間が将来さえも読めないからだろう。
だから不安になるのだろうな。
未来を想えば、もっと不安になるのかもしれない。
拙もいつも不安である。
例えば、
ひとつの幸せはいつまでも続くものではないと考える。
永遠の幸せはありえない。
幸せはいろいろなものに支えられていて、
傘の頂点にある先っぽのようなものだ。
傘の骨がぐにゃりと折れてしまえば、
先っぽは傾いてしまう。
大概の傘は骨が折れてしまうと使えなくなる。
どんなに大事にしていても、起こりうることで、
どうせ折れるなら、コンビニの300円傘もヴァレンチノの30万円傘も大した違いはない。
がっかりするのが嫌だからとヴァレンチノはやめて、
コンビニで1000本の傘を買う。
そうすれば、1000の安っぽい幸せが手に入るというわけだ。
というのはもちろん冗談。
ただ、不安の解消の仕方が下手な人が世の中には多いなあ、と。
坂本九ちゃんは「幸せなら手を叩こう」と歌っていた。
不安な人は自分の頬を両手で叩いて、立ち位置を確かめることだな。

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