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ジュネーブソフトリーグの最終戦を行った。
欧州原子力共同機構の拙チームが既に優勝を決めているため、今回は消化試合。
どうでも良い試合だから、と拙と韓国人青年の2名はこの試合に限って、トレードに出された。
真顔で「人種差別だ」と言ってみたら、監督のジョンの顔が引き攣った。
「冗談だよ。俺は運動が出来ればいいんだ」と言うと、ジョンの顔は綻んだ。
相手チームT6に参加することをカントクがアナウンスするなり、キューバ人エースが遅刻して姿を表す。
「ああ、あいつの方がいいんだよ」とT6のメンバーの一人。
それは無礼だろう。
拙だって、今期は不調ながら5割打者でノーエラーだ。
しかし、ソフトで単打ばかりというのは拙野球歴でも珍しい。
2塁打はわずか5本、3塁打は1本、本塁打は0である。
振り返ってみると、常に脚に問題を抱えていた。
今も右脚が尻から太腿にかけて軽い肉離れを起こしている。
バッティングの軸脚とキック脚になる部分にダメージを受けているから長打にならない、とはつい最近気付いたこと。無理しないで休めば良かった?
でも、来年はたぶん野球もソフトも出来ないだろう。デスクワークだけでメタボ街道一直線かもしれない。そしたら、更に動けなくなるんだろう。
そんなことを考えると、今年は運動も出来て、人間関係が広がって、最高の年だったかもしれない。って、まだ今年は4ヶ月近く残っているけど。
ラマダーンはイースターと同様に、月齢によるものだから、グレゴリ歴の歳時記では来年の参考にならないかもしれない。
ジュネーブは多国籍社会だから、イスラム人も多い。
ラマダーンの期間は彼らにも試練なんだろう。
この時期の夜明けは7時、日没は20時。
この間、彼らは断食するわけで、空腹に耐えられなくなると寺院に来て、皆と話して気を紛らわせているのか、祈りを捧げているのか。
深夜近くにバスに乗ると、モスク方面の車内がごった返していた。
車内はアラビア語でかなりやかましい。
子供も多い。
あまりの人いきれに耐え切れず、途中下車して歩く。
街中は軒並みケバブ屋が大盛況。
ハラルミールの看板もあちこちに。
一般的に10時には静かになってしまうジュネーブであるが、
今晩は朝7時まで開店しているらしい。
いつもよりも味もいいのだとか。
朝までケバブ?
キングサイズのダブルベッドのシーツを洗った。
でかすぎて日干しに出来ない。
仕方なく地下の乾燥室にもって行く。
いつもなら鍵が閉まっているドアが開いている。
先着の60歳くらいの女性にいきなり英語で話しかけられた。
「アナタはこの乾燥室で正しいの?」
「はい、インストラクションを読む限りはここの筈です」
「でも、向こう側にもある筈よね」
と拙を案内。
彼女の使っていた乾燥室でも充分にスペースがあったんだから、別にいいじゃんと思いつつ・・。
でも、そこは鍵が違っていて使えないし、やはりこのスペースを使って良いはず。
彼女は20番地で拙は21番地だから使える乾燥室が異なる筈だと主張する。
20番地と21番地との距離はわずか5m。
「あんたは典型的なスイス人だな。こんなにたくさんスペースが空いているのに、これはどんな議論なんだ」
とは、もちろん言わない。
「じゃあ、家に戻って使えるスペースを確認してきます。もし、ここを使える権利が私にあるのでしたら、ここの利用を拒絶したアナタを訴えることができますよね」
と笑顔で言うと、態度が豹変。
「あー、いえね、私はここで干していて、他の人を見かけたことがないから・・・」
と意味不明の言動。
さらに、
「アナタ、もしかしてKの親類?」
と突然の切り替えし。
「Kの旦那は英国人のTで彼らの息子はYでFに住んでいるでしょ」
「何の話ですか?」
「私はKのゴッドマザーなのよう」
そんなこと、最初から判れ!
ここにどんな日本人が住んでいると言うんだ。
彼女は完璧な人種差別者ですな。
今後、付き合わないでも良い理由が出来ました。
ああ、くだらん。
ジュネーブからチューリッヒまで列車で約3時間。
そんなに長い間乗っていると、どうしても酔ってしまう。
・・・ビールに。
この遠征隊の目的は、
「スイス都市対抗ソフトボール秋季大会」参加である。
拙は邦人チームに拾われて参加。
その代わり、いつものジュネーブリーグは欠席。
日本人と一緒のほうが面白そうだし、既知も増えてきているし・・。
乗車した時刻は朝の7時45分、
車内にはプルコックを開ける音が・・・「プシュッ!」。
チューリッヒ到着時にはほろ酔いのオジサンたちが数名。
会場に到着するなり、ストレッチの時間もなく試合。
しかも、相手が優勝候補のキューバ。彼らはチューリッヒ在住のようだ。
前半で本塁打攻勢を受け、撃沈かと思われたが、後半のピッチングとディフェンスにエンジンが掛かる。ようやくアルコールが抜けて来たようだ。しかも、最終回で一気に6点を挙げ、12対11の一点差に追いつく。しかし、ここで試合終了。
ジュネーブからは、
「公家さんチーム」と「うなぎさんチーム」の2チームが参加。
拙はうなぎさんチームのクリーンアップで1塁酒。
折からの右太腿肉離れが完治しておらず、走らないポジションを選ばせてもらう。
打撃の際、キック脚となる右太腿に負担を掛けられないためにバッティングはどうしても手打ちになる。
でも、なんとか外野越えを数発放つことは出来た。打率は判らないが、たぶん6割くらいで、本塁打なし。今年はシーズン当初に日常の運動を水泳から競歩に変えたので、完全に体調が狂った。
他にも「日系二世チーム」「ベルンチーム」など全部で4試合をこなし、3勝1敗と得失点差で2位の成績。闘わずして、「公家さんチーム」に勝ってしまった。って、変なの。
帰りは会場からトラム駅までジュネーブチーム40名で和気藹々と行進。
チューリッヒ駅で酒を買い込み、車中大宴会。
帰宅は夜11時。
ソフトボールをやってきた充実感はあるが、
たしかチューリッヒに行ってきたんだよなあ。
まあ、観光は次回に。
次回もソフトかも。
この街が好きだ。
ジュネーブから100キロほど離れているのに、この1年に満たない滞在期間に数え切れないほど訪れている。
なにかしら落ち着いている大人の街と言えようか。
旧市街を歩いていると宮崎駿の世界が広がる。
アニメ「アルプスの少女ハイジ」は宮崎氏他2名のプロデューサーの現地視察を踏まえて作られていることはよく知られている。
その成果ゆえ、あのアニメが日本人によって日本で作られたと聞くと、スイス人が驚くというから驚きである。
確かにあのアニメの凄さは画面に彼らの見たスイスがあり、和を感じさせるものは言葉以外の何もないところだろう。だから、放映当時に中3であった拙でも「外国」を意識させる風景をあのアニメの中に鋭敏に感じ取っていたのだろう。
しかも、その時の現地視察の成果が後の宮崎アニメを包括している。
天空の城の発想はこのローザンヌから出たものではないか、という気がしている。
実際のローザンヌは天空に浮いているわけではない。
ただ、心地よい浮遊感覚を覚える不思議な街なのだ。
ひとつの理由はバイアダクト(高架橋)が多いこと。
谷を渡らずに橋で尾根と尾根とが結ばれている。
高架橋と言っても、日本の味気ない風景を思い出すべきではない。
橋の下には混沌とした商業空間が広がる。
近代ローザンヌの歴史からは、この橋梁を長く、広く、複数架けることに心血を注いで来たスイス人の魂を感じる。
もうひとつの理由は、高さ50m以上はあろうかと思われる要壁が林立することだ。
スイスのエクメーネの狭さは日本とは比べ物にならないほど狭い。
しかし、人が住むための土木工事をしているから、スイスには住み易い場所がたくさんあるんだろうな、と思わされる。
このローザンヌに訪れることがなくても、有名である理由はたくさんあると思う。
そして、来て観て、その理由の背景を知ることが出来たので、もうちょっと言及していきたい。