とりあえずジュネーブをうろうろしてます。
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このポスターには一体何の意味があるのだろう?
スイス中に出回っているが、
何かしらの広告戦略ではないか。
たぶん、続編があると推察。
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月曜日、旅行会社ホテルプランに荷物の引き取り。
火曜日、F社のN氏と飲みと打ち合わせ
水曜日、アメリカ行きESTAの申請
木曜日、編集委員会
金曜日、甥っ子高校合格。公立校の競争率の上昇は時代を反映。
土曜日、山中ナイトウォーク。快晴で、海王星が見える。ウォーク後はフォンデュ。味にもトロミにも締りがなく、一同激怒。旨味には欠けるが、あっさりしていて悪くない。でも、野菜不足。熱々フォンデュを生ハムで包んで食べると美味。でも、重い。要大田胃散。
日曜日、Nyonから船に乗ってYvoireに。中世の美しい街。Bouvier家が湖岸のシャトー。一般人は入れず。ジャクリーン・ケネディの旧姓と関係?アラブの富豪夫人と娘がボディガード5名を携えて街中を徘徊。皆、洒落の通じない表情。関わりは禁物。
チーズで有名なグリュイエールの近く、シャトー・ディというところで熱気球ショー。
参加スポンサーの中でも特に目を引いたのがHONDA社。
ロボットのアシモ君をモチーフにしたデザイン。
観衆の注目はホンダの熱気球へ。
あいにく、この日は曇天で青と白のアシモ君はイマイチ目立たない。
2週間行われるこの熱気球大会。アシモ君のデザインは晴天でこそ映える。
海抜が1000m近いところにあり、天候は割合に安定しているので、
と思いきや、この日は曇天ではイマイチ鋭さが出しきれないアシモ君。
下の画像のアシモ君は山の上の教会の方に流されつつ・・・
アシモ君は左側、街の方向に流れる。
同時に今大会のリードをする気球がレース終了後すぐに撤収作業。
どんどん小さくなりつつ、
右側から数名でロープを引っ張り空気抜き。
どんどんちいさくなる。
その間にアシモ君復活!
と思いきや、アシモ君が突如我々の視界から消える。
丘の上の教会ではなく、もうひとつのプロテスタント教会に向かってみると、
なんとホンダチームの車が通りかかり、途中で職員をピックアップ。
教会の敷地内に不時着したアシモ君。
我々が到着すると、続々とヒトが集まる。
やっぱ、皆アシモ君の勇士を見たかったのだろうなあ。
こんなところでどうした、アシモ君。
これ以上の航続は無理ということで、撤収。
萎んでいくアシモ君は手を振っているようにも見えた。
この気球大会。本日は最終日。この2週間の話を聞くと、一番人気の気球はアシモ君だったとのこと。
一番手が込んでいるだけに、そりゃそうだろうな、と。
しかし、2週間毎日飛ばしていれば、傷みも増えていくだろう。
最終日まで持たなかった気球も多かったらしいが、
アシモ君は複雑な形でそのオペレーションも大変だったろうから、
よく保ったと言ってあげたい。
参加しているすべての気球の製作会社はエゲレスのキャメロン社。
ユーロ2008で大噴水ジェッドの上に浮かんだ直径10mのサッカーボールも同社製造。
確か、直前に穴があいて修繕に1000万円掛かったと聞くが、
実際はそんなに払ってないらしい。
気球もいいけど、往復5時間の列車内で本が1冊半読めた。
これは久々のリラックスタイム。
来年もまた来ようかな。
蔵王でスキーしたのは、1985年ごろ。
その時も19歳で骨折した雪上のトラウマとの闘いだった。
滑ると、皆に上手い上手いと囃し立てられ、
初心者から始めなくては悲哀を感じていた。
それから24年後、
ジュネーブに住むことになっても絶対やるもんか、
と思っていたスキーをやってしまった。
我ら夫婦がスキーに興味ないものだから、
子供たちには、友達との会話では不憫な思いをさせた。
彼らの友達は皆裕福だから、
世界中で一通りのレジャーを経験している。
拙息子は他の英人が経験しない野球が出来る。
でも、そんだけ。
我々もせっかくスイスに住んでいるのだから、
と、かなり重い腰を上げたのは妻の方で、
なぜかフランスのリゾートに日帰りで行って来た。
初心者コースで2時間のトレーニングを受けて、
大した運動もしていないのにクタクタ。
やはり拙の膝と腰には悪い運動だなあ、と再確認。
たぶん、もうやらない。
それにしては、左わき腹が痛いのは何故?
帰宅時の雲海が絶景だった。
久々に身体が疲れたので、まもなく就寝。
蔵王には温泉があったけどなぁ~。
科学者D博士の子供さんが生まれた。
こうやって書いておけば、来年のための備忘録になる。
来月は同僚の臨月。
ねこも今年の夏だっけ?
ジャガー横田って、45歳くらいで産んだんだっけ?
拙祖母は18歳から40歳までの間に11名産んだと聞く。
もはや恒例出産だな。